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福島県会津美里町を訪ねて<8月20-21日>

  • 2011年9月5日
  • チームむかご

福島原発からすぐ近くの楢葉町の方々が避難されている町、福島県の会津美里町に行ってきました。にこまるプロジェクトに参加させて頂いてから、現地に行きたい!とずっと思っていたので、今回は予定が合ったので即決。
何かしたい!と思っていた気持ちが繋がって良かった!と張り切って決めました。
ですが、日にちが迫るに連れ「ところで一体私に何が出来るのだろう?」という思いがグルグルし始めてきて、初めてのボランティアに少し不安になりました。
そして結局その気持ちのままで現地に行く事になってしまいました。

「3月11日のあの日から家には帰っていません。避難所も4箇所移って、ここの仮設が5箇所目。せめて最後は楢葉に帰って死にたいです。」
自己紹介で86歳のあい子さん、このセリフをとびっきりの笑顔でお話しするのです。
あれからずっとか…。
震災からは、寄付をしたり物資としてのバッグを縫ったり、親友と逢って元気になったかと思えば、ニュースを見てまた落ち込んだり。
私も色々と思いを巡らせてアップダウンした日もあったけれど…、でも正直もう元通り。
もちろん忘れてなんかはいないけど、気持ちの上でも毎日に追われ過ごしている。

そう思った私は、出かかった涙を瞬時に引っ込めました。
『気持ちに寄り添う』なんてそう簡単にできないのでは?
避難所生活を送られている方にとっての5ヶ月という時間の長さを思うと…、というか察する事さえ怖くなりました。
ニュースや記事で何度も見て聞いて解っていたいたはずの事。
でも実体験をされた方の生の声を直接聞き、空気に触れる事にこれほどの違いがあるのかと、今まで感じた事のない感情に驚きました。

「仮設は一人暮らしだからなんでも自分でやんなくちゃ。前より元気になっちゃったよ。」
お話するあい子さんはずっと笑顔。避難所でできたというお友だちも一緒にずっと笑顔。
もう眩しいくらいの。

「3日位で帰れると思って飛び出してきちゃったから、家がどうなってんだか。
好きだった大正琴のテープが沢山あるのよ。私の遊び部屋。
春にはさくらさくら、夕やけこやけとか、日本の曲はいいじゃないの。
また弾きたいねえ。」
あい子さんの日常を懐かしむ表情に、私は子育てで慌ただしくしている自分の日々をまたしても重ねました。
当たり前に流れて行く筈の毎日が突然絶たれたんだ。
普通にやってくると思っていた明日があの日からずっと来てないんだ。

今度はこらえきれず泣いてしまった私に、あい子さんは「どしたどした。私らはもうたまにしか涙は出ねえよ。」と肩を叩いて慰めてくださいました。

あい子さんとお話させて頂いた時間は、ゆったりと人生を振り返り味わう、まるで縁側に腰をおろして思いにふけるような情景でした。
しかしこの情景、本当はご自宅でゆっくりとされるべきもの。
どんなにか寂しい思いをされているだろうか。察すれば察する程、言葉に詰まってしまいました…。
ですが、おしゃべりしながらの餃子作り400個(!!)はとっても楽しかったし、枝元さんのぬくぬくした空気作りと楽しいトークの料理教室も本当に素敵でした。
そしてみんなで丸めたにこまるクッキーは、作っているみんなの顔そっくり、どれもにこにこでした。

そんな、手を動かして会話をして泣き笑いをした時間。
ボランティアとは何か大それたものでは無く、日常のように人と人とが擦れ合うことでもいいのかもしれない、と今回の参加で感じたことでした。

まだまだ言葉にできない思いがあってお伝えするには未熟で未完成過ぎますが、そんな状態こそもまた真実なのかなとも思います。
機会があったら、一人でも多くの方が被災地や避難所に足を運ばれる事を願います。
そして1日も早い復興をお祈り申しあげます。

枝元さんはじめ、チームむかごの皆さま、1泊2日お世話になりました。
また参加させてくださいね。ありがとうございました。

      鈴木 真弓